名古屋高等裁判所 昭和47年(う)311号 判決 1972年10月27日
主文
原判決中、被告人新藤利紀に関する部分を破棄する。
被告人新藤利紀を懲役三年六月に処する。
被告人新藤利紀の原審における未決勾留日数中一二〇日を、右本刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人杉浦鉦典、同中田寿彦および同山田敏共同作成名義の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、ここにこれを引用する。
控訴趣意第一点、事実誤認の論旨について、
所論は、要するに、原判決は、その理由の罪となるべき事実中において、被告人等が本件犯行現場に向かう自動車内において、被告人新藤利紀と中本誠、川口幸雄および渡辺某との間に、婦女を強姦する事前の共謀があつたこと、Nを強姦する手段として、被告人新藤が同女に対し、「お前は、○○○生協のNだな、おとなしくしろ」と申し向け、同女を脅迫したこと、なお、中右本および渡辺の両名のほか、右川口の姦淫行為も、既遂に達していることをそれぞれ認定し、被告人新藤を強盗強姦罪に問擬して、処断している。しかし、被告人等が本件犯行現場に到着する以前に、婦女を強姦する事前の共謀をしたことはなく、この点に関する被告人新藤の司法警察員および検察官に対する各供述調書、原審相被告人中本誠の検察官に対する昭和四六年一一月一九日附供述調書中の各記載、ならびに原審第四回公判調書中の証人川口幸雄の供述記載は、いずれも信憑性がない。また、被告人新藤がNに対し、前記言辞を用いて、同女を脅迫したのは、前記中本、渡辺、川口等の姦淫行為および被告人新藤の金品奪取の後であつて、同女を強姦する手段としてではなく、同女に警察への告訴、通報をさせないためにしたのである。なお、被告人新藤は、Nに対する姦淫の実行々為に及んでいないし、右川口の姦淫行為は、既遂に達していない。従つて、被告人新藤に対しては、強姦の責任を問いえないところであるから、原判決が前記の事実を認定し、被告人新藤につき、強姦罪の成立を認めたのは、事実を誤認したものであつて、原判決の右事実の誤認は、判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
所論にかんがみ、原判決を調査するに、原判決は、その理由中、罪となるべき事実として、「被告人両名((註)被告人新藤および原審相被告人中本誠)は、昭和四五年一一月二五日午前一時頃、川口幸雄および渡辺某と、刈谷市内洲原公園において、二組のアベックから、金員を喝取したことに勢を得て、さらに、他のアベックを襲つて、金品を強取し、婦女を強姦しようと、誰からともなくいい出し、全員これに同意し、ここに、被告人両名は、右川口、渡辺某と共謀のうえ、右川口運転の自動車で、同日午前一時三〇分頃、豊田市市木町北山一四番地の二、県立鞍ケ池公園内展望台下駐車場に至つたところ、同所に駐車中の乗用車内で横臥していたYおよびN(当時一九年)を認めたので、被告人中本および右川口において、右Yを車外に引張り出し、被告人らの自動車に連れ込み、被告人新藤において、同人を看視し、右渡辺において、右Nを前記乗用車座席上に、仰向けに押えつけ、被告人中本とともに、無理矢理同女のスカート、ガードル、パンティーを引き脱がせ、右川口ともども、交互に同女の足を押えつけ、被告人新藤において、同女に対し、『お前は、○○○生協のNだな、おとなしくしろ』と申し向ける等の暴行、脅迫を加えて、同女の反抗を抑圧したうえ、被告人新藤において、同女が同車内に置いていたハンドバッグ内より、同女所有の現金約一〇、六〇〇円および写真一枚を強取し、右渡辺、右川口および被告人中本において、順次、同女を強いて姦淫したものである」との事実を認定、判示し、被告人新藤を強盗強姦罪に問擬して、処断していることが明らかである。しかしながら、原判決挙示の各証拠を仔細に検討すると、本件の事実関係は、次のとおりであることが認められる。すなわち、被告人新藤利紀は、中本誠(当二四年、原審相被告人)、川口幸雄および渡辺某の三名と、昭和四五年一一月二五日午前一時頃、愛知県刈谷市内の洲原公園において、二組のアベックから、金員を喝取した後、右川口運転の自動車に同乗して、鞍ケ池公園に向かつて進行中、誰からともかく、「今度は、アベックを襲い、金をまき上げ、女もやつてしまおう」といい出し(この「金をまき上げる」というのは、洲原公園におけると同じく、金員を喝取するという程度のものである)、全員がこれに同意し、同日午前一時三〇分頃、同県豊田市市木町北山一四番地の二県立鞍ケ池公園内展望台下の駐車場に着いたところ、同所に駐車中の一台の乗用車内に、Y(当時二〇年)およびN(当時一九年)の両名がいるのを認めて、ここに、被告人新藤を含めた前記四名が、同女を強いて姦淫することを共謀のうえ、渡辺が助手席側のドアを開けて、「寒いね」などといいながら、助手席にいた同女の左側に乗り込み、それと同時に、中本が運転席側のドアを開けて、運転席にいた右Yを車外に引つ張り出し、川口と中本の両名が右Yを自車に連れ込み、被告人新藤において、同人を自車内で看視し、他方、渡辺が右Nを前記乗用車の座席上に、仰向けに押えつけ、中本とともに、無理やり同女のスカート、ガードル、パンティなどを引き脱がせ、さらに、同車に戻つた川口ともども、交互に同女の足を押えつけるなどの暴行を加えて、その反抗を抑圧したうえ、先ず、渡辺が強いて同女を姦淫し、次いで、川口において、同女を姦淫しようとしたが、陰茎が勃起しなかつたため、目的を遂げず、続いて、中本が強いて同女を姦淫し、さらに、川口において、再度同女の姦淫を試みたが、はじめと同じく、その目的を遂げなかつたこと、その間、被告人新藤は、川口が右Nを姦淫しようとして、はじめに、同女に乗りかかつていたとき、同女の車に赴き、同女が同車内に置いていたハンドバッグを見つけ、同女が渡辺、中本、川口等の暴行によつて、反抗を抑圧されているのに乗じ、これを自車に持ち帰つて、右ハンドバッグ内から、同女所有の現金約一万〇、六〇〇円および写真一枚を抜き取つたうえ、川口が再度同女の姦淫を試みていたとき、同女の車に右ハンドバッグを戻しに行き、その際、同女に対し、「お前は、○○○生協のNだろう。警察へ訴えるな」などと、申し向けたことが認められるのであつて、前掲各証拠中、右認定に反する部分は、措信しない。ところで、刑法第二四一条前段の強盗強姦罪は、強盗犯人が強盗の機会に、婦女を強姦したときに成立し、強姦が先に行なわれて、後に強取行為があつた場合には成立しないことが明らかであつて、ただ、強姦に着手する前に、強盗の意思の表明があつたと解するに足る具体的行動があつたときは、それが強盗の着手といいうる程度にまで達していなくても、強盗強姦とすることができると解するのであるが、本件について、これをみると、前記各証拠によれば、被告人新藤等が、さらにアベックを襲うことを企て、鞍ケ池公園に向かつた際は、前記のように、アベックから金品を喝取することを考えていただけであつて、暴行、脅迫を加えて、相手方の反抗を抑圧してまで、金品を奪取しようとは思つていなかつたこと、鞍ケ池公園では、渡辺、中本、川口等は、もつぱら、Nを姦淫することのみを考えて、金品を取ることなど念頭になく、また、前記Yおよび右Nから金品を強奪しようとするような意思の発現があつたと認めるに足る言動も一切なく、被告人新藤がハンドバッグを持ち去り、現金等を抜き取つたことも知らなかつたこと、および、被告人新藤は、前記強姦行為によつて、同女が抗拒不能の状態にあるのに乗じ、同被告人一人の意思に基づいて、同女のハンドバッグ内から、現金等を抜き取つたものであることなどが認められるのである。なお、被告人新藤が姦淫そのものを実行していないことは、所論のとおりであるが、同被告人が、他の三名とともに、強姦の意思をもつて、自車内に、右Nの同伴者Yを抑留、看視したことは、前記認定のとおりであるから、自ら、同女に対し、暴行、脅迫、または姦淫を実行していなくても、同被告人について、強姦罪が成立することはいうまでもない。以上のとおりであるから、本件は、強盗の機会に強姦したものではなく、強姦の機会に金品を強取したものというべきであつて、被告人新藤等については、強盗強姦罪は成立しない。そうとすれば、原判決が、被告人新藤等が当初から、金品を強取し、婦女を強姦することを共謀のうえ、前記Nに対し、暴行、脅迫を加えて、同女の反抗を抑圧したうえ、被告人新藤において、同女の現金等を強取し、渡辺、川口、中本において、順次、同女を強いて姦淫した旨の事実を認定して、強盗強姦罪の成立を認めたのは、事実を誤認したもので、右事実の誤認は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるといわねばならない。所論は、もつぱら、被告人新藤につき、右Nに対する強姦の責任がないことをいうものであるが、結局のところ、同被告人につき強盗強姦罪の成立を認めた、原判決の事実誤認をいうに帰着するのであるから、論旨は、結局、理由がある。
よつて、本件控訴は、控訴趣意第二点、量刑不当の論旨について、判断を加えるまでもなく、その理由があることになるので、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条に則り、原判決中、被告人新藤利紀に関する部分を破棄したうえ、同法第四〇〇条但書に従い、当裁判所において、同被告人に対する本被告事件につきさらに判決をすることとする。
(罪となるべき事実)
被告人新藤利紀は、中本誠、川口幸雄および渡辺某の三名と、アベックを襲つて、金品をおどし取り、婦女を強姦することを考え、右川口運転の自動車に同乗して、昭和四五年一一月二五日午前一時三〇分頃、愛知県豊田市市木町北山一四番地の二県立鞍ケ池公園内展望台下の駐車場に赴き、同所に駐車中の乗用車内に、Y(当時二〇年)およびN(当時一九年)の両名が横臥していたのを認め、その場において、同女を強姦することを共謀のうえ、右中本において、右Yを車外に引つ張り出し、右川口とともに、右山本和昭を自車に連れ込み、被告人新藤において、同人を看視し、右渡辺において、右Yの乗用車に乗り込み、同女を座席上に仰向けに押えつけ、中本とともに、無理やり同女のスカート、ガードル、パンティなどを引き脱がせ、川口ともども、交互に同女の足を押えつけるなどの暴行を加えて、その反抗を抑圧したうえ、先ず、渡辺において、同女を強いて姦淫し、次いで、川口において、同女を姦淫しようとしたが、陰茎が勃起しなかつたため、目的を達せず、続いて、中本において、同女を強いて姦淫し、さらに、川口において、再度同女の姦淫を試みたが、前同様、その目的を達せず、被告人新藤は、右Nが、右渡辺等の強姦によつて、反抗を抑圧されているのに乗じ、右乗用車内に置いてあつた同女のハンドバッグ内から、同女所有の現金約一万〇、六〇〇円および写真一枚を抜き取り、強取したものである。
(証拠の標目)
原判決の挙示するところと同一である。
(確定裁判)
原判決が、被告人新藤利紀について、掲記するところと同一である。
(法令の適用)
被告人新藤利紀の右判示各所為中、N強姦の点は、刑法第一七七条前段、第六〇条に、金品強取の点は、同法第二三六条第一項にそれぞれ該当するところ、以上の各罪は、前示確定裁判を経た各罪と、同法第四五条後段の併合罪の関係にあるから、同法第五〇条により、未だ裁判を経ない判示各罪につき、さらに処断することとし、また、右の各罪は、同法第四五条前段の併合罪の関係にあるから、同法第四七条本文、第一〇条により、重い強盗罪の刑に、同法第一四条の制限に従つて、法定の加重をし、なお、諸般の犯情を考慮して、同法第六六条、第七一条、第六八条第三号により、酌量減軽をした刑期範囲内において、同被告人を懲役三年六月に処し、同法第二一条を適用して、同被告人の原審における未決勾留日数中一二〇日を、右本刑に算入することとする。
なお、被告人新藤利紀に対する本件公訴事実は、原判決の前記認定事実と同様の強盗強姦であるが、先に説示したように、同被告人等につき、強盗強姦罪の成立を状めることができないので、右判示のように、強姦罪と強盗罪の併合罪と認定した。
以上の理由によつて、主文のとおり判決する。
(井上正弘 杉田寛 吉田誠吾)